2025.06.19
取締役会の質的改革は企業パフォーマンスをいかに高めるか
ミチビク株式会社 取締役COO 渡部崇志

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ミチビク株式会社(以下、「当社」と言う)は、取締役会の運営を効率化・高度化する「取締役会DXプラットフォーム」を提供し、企業のガバナンス改革を支援しています。
当社COOの渡部崇志に、「取締役会の質的改革は企業パフォーマンスをいかに高めるか」という切り口で話を聞きました。
なぜ今、取締役会の質的改革に注目すべきか
まず、本テーマの背景から確認します。なぜ今「取締役会の質的改革」に注目する必要があるのでしょうか?
渡部
背景としては、やはり近年国内外で企業統治(コーポレートガバナンス)の重要性が改めて認識されていることがあります。
特に日本でも2015年にコーポレートガバナンス・コードが導入され、2018年には改訂も行われました。
このコードで「上場企業は少なくとも2名以上の独立社外取締役を選任し、場合によっては取締役の3分の1以上を独立社外取締役とすべき」(2021 年改訂でプライム市場は「1/3 以上」が努力義務)と定められており、実際これを受けて上場企業の社外取締役数は増加しています。
つまり形式面では取締役会改革が進みつつあるわけです。
しかし形式的・量的な改革(社外取締役の人数増加や組織構造の変更)だけで本当に企業価値が高まるのか、という問題意識がありました。
実際、世界的に見ても近年の不祥事の波を受け、「自社の投資家からの信頼が損なわれた」と感じる経営者が46%に上り、43%が「経営のやり方を変える決意をした」とする調査もあります。
各国で規制強化や社外取締役の選任義務づけなどハード面の改革が行われていますが、例えば、元Medtronic会長のビル・ジョージ氏が指摘するように「外部からの改革策は必要ではあるものの十分条件ではない」のも事実です。
そうした問題意識があるため、ハード面だけでなく取締役会の運営や行動といったソフト面の質的改革に焦点を当て、その企業業績(しかも財務だけでなく多角的なパフォーマンス)への影響を検討する必要があります。
質的改革とは何か、従来改革との違い
「取締役会の質的改革」というのは興味深いですね。もう少し具体的に言うと、どういった改革を指すのでしょうか。従来の取締役会改革と何が異なるのか、ご説明いただけますか?
渡部
一言で言えば、「箱組み」だけではなく中身を変える改革です。
従来の取締役会改革というと、例えば社外取締役を何人入れるとか、指名委員会等の設置といった構造面(形式面)の改革が中心でした。
しかし質的改革では、取締役会メンバーの選任基準や研修、議論の文化、経営陣との関わり方など取締役会の運営の質そのものを高めることに重点を置きます。
実務的には、形式的に独立社外取締役を増やすだけでは十分ではありません。
例えば社外取締役を形だけ迎えても、実際には経営陣と近しい関係者ばかりでは独立した監督機能は果たせません。
実際パキスタン企業を対象としたある研究(Majid J. Khanら、2024年)では、形式上は社外取締役の比率が高くても、多くがオーナーや経営者と近しい関係にあり真の独立性を欠くために、かえって業績との相関がマイナスになるという結果も報告されています。
重要なのは、取締役会に本当に多様な視点と独立した目線を持ち込んで議論を活性化し、経営を監督・支援できる状態を作ることです。
質的改革とは、まさに取締役会の機能を実質的に高めるための取り組み全般を指します。
質的改革を実現する具体策は
構造ではなく中身を変えると。では、その「質的な改革」を実現するためには具体的にどのようなポイントがあるのでしょうか?取締役会の質を高めるための具体策について教えてください。
渡部
質的改革を実践するうえで、いくつか重要なポイントがあります。
例えば私どもの見解では、以下のような取り組みが有効だと考えています。
- 適切な人材の選任: 取締役にふさわしいスキル・経験・人格を持った人を選ぶことが第一歩です。単に社内外の人数比を調整するのではなく、会社の戦略に必要な知見を持つ多様な人材を選任します。
- 継続的な研修・学習: 就任後も取締役に対するトレーニングや勉強の機会を設け、最新の業界動向やガバナンス知識をアップデートします。取締役会全体の知見を継続的に深める狙いです。
- 適切な情報提供: 経営陣は取締役会に対し重要な経営情報をタイムリーかつ十分に提供する必要があります。資料の質と量の改善によって、取締役は意思決定や監督を効果的に行えるようになります。
- 経営トップとの権限バランス: CEO(経営執行側)と取締役会の力関係を適切に保つことも重要です。例えばCEOが取締役会議長を兼ねるケースでは議長職を独立した取締役が務める(CEOと会長職の分離)など、権限の偏りを是正する措置が考えられます。
- 自由闊達な議論の文化: ボードメンバー間に忌憚なく意見を言える風通しの良い文化を醸成します。取締役会で「これは聞きづらい」といった遠慮があると適切な監督機能が働きませんので、率直で建設的な対話を促す雰囲気作りが大切です。
- 時間とリソースのコミットメント: 社外取締役を含め、取締役が十分な時間を割いて職務を遂行できるようにします。兼任ポジションが多すぎないようにし、会議準備や現場視察などに時間を充てられる体制を整えることです。
- 定期的な評価と改善: 取締役会自身が自己評価や第三者評価を行い、運営上の課題を洗い出して継続的に改善します。いわばPDCAサイクルを回すことで取締役会の実効性を高めていくわけです。
以上が質的改革の主なポイントになります。
これらは一見すると当たり前のようですが、往々にして実践が追いついていない面でもあります。
大事なのは形式的な条件を整えるだけで満足せず、こうした「取締役会のソフト面」に踏み込んで体系的に改善策を講じることだと考えています。
質的改革は財務パフォーマンスを向上させるか
非常に具体的なポイントを挙げていただきました。それでは、そうした取締役会の質的改革によって実際に企業パフォーマンスは向上するのでしょうか。財務的な業績への効果について、エビデンスがあれば教えてください。
渡部
はい、近年の研究では取締役会の構成やダイナミクスと企業の財務パフォーマンスとの関連について、多くの実証結果が蓄積されています。
例えば、Tanveer Baghらによる最新の国際研究 (2023年、論文『Impact of boardroom diversity on corporate financial performance』) では、ロシア・中国・インド・パキスタンの4市場の上場企業を13年間分析し、取締役会の多様性(ダイバーシティ)が高い企業ほど財務パフォーマンス(ROIや株価など)が向上するという結果が報告されています。
この研究では、多様性の効果は戦略の変化によって多少弱められるものの、全体として取締役会の多様化が企業の財務的成果を高めうることが示唆されています。
また、取締役会の独立性(社外取締役比率)については、先ほど申し上げたように文脈によって効果が異なる場合がありますが、総論で言えば独立した取締役がしっかり機能している企業ほど業績が良い傾向があります。
実際、37の主要研究から2万4千社超のデータをメタ分析した研究(Dao, 2021)では、「コーポレートガバナンス全般が優れている企業ほど業績が高く、特に取締役会の独立性が高いほど企業パフォーマンスが有意に向上する」と結論づけられています。
つまり、真に独立した取締役が適切に監督機能を果たせば、経営の健全化やリスク低減を通じて財務指標の改善につながる可能性が高いわけです。
ただし重要なのは「独立性の質」で、形式的に独立しているだけでは効果は限定的です。
この点、日本企業の場合も社外取締役の増員そのものよりも、社外取締役がどれだけ有効にモニタリングや助言を行えるかが肝心です。
社外取締役には本来、経営の監督と専門的な知見の提供という二つの大きな役割が期待されており、これによって取締役会の議論が活性化し多角的な視点からの経営判断が促され、ひいては企業価値の向上につながるとされています。
質的改革によってまさにその役割を十分に発揮できる環境を整えることで、財務パフォーマンスの向上が期待できるのです。
非財務指標へのインパクトは
財務面ではプラスの効果が期待できると。財務指標だけでなく他の指標も含めて考えた場合には、どういったパフォーマンス向上が見込まれるのでしょうか。
渡部
まず大前提、上場企業には様々なことが期待されます。
株主に対する財務リターン(例えばROEや株価)だけでなく、従業員・顧客・社会といったステークホルダーへの成果、例えば企業の社会的責任(CSR)活動の成果やイノベーション創出力、企業レピュテーションなどです。
私は、取締役会改革がこうした非財務面にも好影響を与えうるのでは、という仮説を持っています。
実際、近年の学術研究でもその傾向が示されています。
一つはCSR(企業の社会的責任)やESGパフォーマンスへの効果です。
フランスの上場企業を対象としたRania Bejiらの研究(2021年、論文『Board Diversity and Corporate Social Responsibility: Empirical Evidence from France』)では、取締役会の多様性が高い企業ほどCSRに関するパフォーマンス(企業の社会的パフォーマンス)が総合的に高いことが明らかにされています。
取締役の性別・年齢・国籍などの多様性が高いほど、環境・社会貢献・人材活用など様々なCSR指標で優れた成果を出す傾向があるのです。
またこの研究では、社外取締役(独立取締役)がいること自体がCSRガバナンスの向上につながるとも報告されています。
これは、多様なバックグラウンドを持つ取締役や独立した立場の取締役が、企業により高い倫理意識や社会的視点をもたらすためと考えられます。
もう一つはイノベーション(技術革新)への効果です。
中国企業のデータを分析したDiらの研究(2022年、Frontiers in Psychology掲載)では、取締役会の多様性が企業の技術革新力を高め、それを通じて企業業績を向上させるメカニズムを実証的に示しています。
取締役会に様々な専門性や経験を持つ人材がいると、新しいアイデアや視点が生まれやすくなり、それが研究開発投資や新製品開発の後押しとなって競争力強化につながる、というわけです。
このように、質の高い取締役会は中長期的なイノベーション創出力を高めることで企業の持続的成長に寄与しうるのです。
さらに広い視点では、質的に優れた取締役会は企業のレピュテーションやステークホルダーからの信頼向上にも資するでしょう。
ガバナンス体制がしっかりしている企業は不祥事のリスクが低減し、投資家や取引先からの信用も高まります。
その結果、優秀な人材が集まりやすくなったり、顧客からの支持を得たりといった好循環が生まれる可能性があります。
実際、日本のコーポレートガバナンス・コードでも「ガバナンス改革を通じて各社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を図り、それが投資家ひいては経済全体の発展に資する」という理念が謳われています。
質的改革によって取締役会の実効性が高まれば、まさにそうした多面的な企業価値の向上が期待できるといえます。
経営者・事務局へのメッセージ
最後に、取締役会改革に取り組もうとする企業経営者や取締役会の事務局の方々に向けて、今回の話の示唆するところやメッセージをお願いします。
渡部
一言でまとめますと、「ガバナンス改革は形式から実質へ」ということです。
もちろんガバナンス・コードに沿った社外取締役の選任や委員会設置といった取り組みは重要ですが、それだけで満足してはいけない。
肝心なのは、その制度を実際に機能させる運営の工夫です。
取締役会の質的改革により、経営の監督機能と戦略支援機能が十全に発揮されれば、企業は財務的にも社会的にも大きなメリットを享受できます。
先行研究の多くも示す通り、質の高い取締役会を持つ企業は財務パフォーマンスが向上する傾向があり、加えてCSRやイノベーションといった領域でも優れた成果を上げやすくなります。
言い換えれば、取締役会改革に投資をすることは企業の将来への投資だということです。
ガバナンス体制は一朝一夕には構築できませんが、だからこそ経営者自らがリーダーシップを発揮し、板ばさみになる課題にも粘り強く取り組んで質的向上を目指すのが企業にとってプラスになるでしょう。
その際には、本日ご紹介させていただいたような様々な研究知見もぜひ参考に、科学的エビデンスに裏付けされたガバナンス改革を進めていただければ幸いです。